東京マラソンから早1週間も経ってしまいましたが、マラソン後は疲労で、その後は仕事が忙しくなかなかブログを更新できませんでした。
スタート地点の東京都庁。
微妙な天気でしたね。
最後の最後まで服装を悩んでいましたが、どうせ速くないし、多少荷物が増えてもいいだろうと思い、上着(ウィンドブレーカーみたいの)とカッパも持っていくことにしました。
カッパはウェストポーチにまいていきました。
スタート地点は後ろから2番目のJブロック、混雑しているし、風が強いし、寒いし、ギリギリまで座って待っていました。
スタートしたのか、たまに歓声が前の方から聞こえるけど、何の歓声だか分らないし、全然実感が湧きませんでした。少しずつ前に進みだしてからも、本当のスタートラインを切るまでは約20分もかかってしまいました。
やはり三五〇〇〇人のマラソンは大変なことなんですね。
スタートラインでは石原都知事が。
このあたりから東京マラソンに出ているという実感が出てきました。
10Km地点あたりでしょうか、松村を追い越しました。
おおぉ~芸能人がいるよ~なんてミーハーにも浮かれてしましました。
あと、隣の人がキレイで誰か芸能人かと思いましたが、、、
後で倒れたという話を聞いてショックでしたが、このときにすでに結構辛い感じでした。
早く良くなってほしいですね。
そういえば、松村さんとは別で15Km地点ぐらいで倒れている人を見かけたのですが、その方は無事だったのでしょうか。。。
16,7Km地点かなぁ、吉本軍団が5人ぐらいでいました。
これは誰だろう・・・・
次長課長の河本GETです。
給水所で若い女性がキャーキャー言っていました。
皆が「河本さーん!!」って言っていて、たまに「ワッキー」って声が聞こえて、他の2,3人は誰だか分りませんでしたが、全然歓声がなく・・・同じ仲間でこれだけ周りの反応が異なるとは辛そうだなぁなんて思いました。
・・・・
やばり名前が出てこない・・
なんだっけなー
太鼓叩いて応援してくれていました。
ところどころで、歌とかダンスとかしていて、見ていて楽しめました。
中間点の日比谷です。
予想通りというか、このあたりで右ひざが痛くなりだし。。。
一番応援が多い、銀座に入ったあたりで大幅にペースダウンしてしまい、22Km地点から25Km地点まではあまり走ることができず、たまに歩いたりしてしまいました。
本当に強烈な痛みで関節が壊れるのではないかと思いました。
リタイヤが現実味を帯びてきて、友人や妻が先で待っているのに、友人にも会社でも取引先まで知っているのに・・・と、かなりの敗北感に打ちひしがれてました。
「頑張れって言うな。 頑張っているんだから」という文字が書かれたTシャツを着ている人がいて、まったくだ。。なんて思いました。もちろん応援は凄い嬉しいし、力になるのですが、完走できない場合の声援は酷だなぁ。。。なんて思っていました。
25Km以降になると、ヒザを動かさないように痛みを我慢して走っていると、慣れなのか痛みが気にならないようになることがわかり、それ以降はゆっくりゆっくりですが、走り続けることができました。
浅草の雷門。
後で録画したTVを見たときは浜口親子がここにいたようですが、残念ながら、気づくこともなく過ぎ去りました。
これ以降は写真を撮る余裕もなく、給水所ですらほとんど立ち止まらず、
立ち止まったら、また走りだすときにヒザが痛くなるため、ゆっくりですが、一心不乱に走り続けました。
現金なもので、完走に気持ちが向いているときは、応援が非常に嬉しく、力になりました。たまに自分を奮い立たせる意味も込めて沿道の人たちやボランティアスタッフの人たちとハイタッチし、十分に東京マラソンの雰囲気を味わいました。
ゴール付近では、結構な雨降ってきてしまいましたが、めんどくさいし、濡れるのも良いかななんて思い、カッパすらきませんでした。
またゴール前の応援は凄かったですね。結構な雨がふっていたのにも関わらず傘もささないで応援している人もいて、「おかえりー」とか声かけてくれるひともいて。
自分のやり切った感と応援に感動してウルウルしてしまいました。
ゴールしたタイムは6時間ちょっと。
予想タイムが5時間半でしたので30分もオーバーしてしまいましたが、一時はリタイヤしそうだったことを思えば、満足です。
それにスタートで20分もたついたので、実質は予想タイム+10分程度です。
ゴール後はもうマラソンはこれで終わりにしようかと思いましたが、いまでは都合よく、辛い事は忘れて充実感だけ残ってしまい、また機会あればマラソンに挑戦してみようかとおもっています。
完走メダル
完走タオル
参加賞のTシャツ